2003年度 卒業 遠藤彩子
2017.07.13

発展途上国で働く夢に向かって Vol.2

2003年度 卒業 遠藤彩子さん

国際学部 国際学科 出身

発展途上国で働く夢に向かってvol.1の続編です。遠藤さんは2004年3月に国際学部国際学科を卒業し、その後、新幹線客室乗務員として勤務。2014~2016年、休職して青年海外協力隊(ベトナム、コミュニティ開発ほか)に参加。現在は復職されています。3回にわたってお送りする予定のインタビューのVol.2「社会人になってから」です。

Vol.2「社会人になってから」

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—当時はいわゆる就職氷河期でしたが、卒業後の進路は決まっていましたか?
遠藤:実は卒業した時点では、就職が決まっていませんでした。ある先生から外資系の商社を紹介していただいたのですが、旅行やブライダルなど接客の仕事志望だったので、辞退させていただきました。幸い、5月の連休頃には就職が決まって、7月から新幹線の客室乗務員になりました。協力隊員になるまで、10年間勤務しました。
—その後でいったん仕事を辞めて、青年海外協力隊に参加したんですね?
遠藤:高校生の時からの夢で、ずっと発展途上国で働きたいと思っていました。日本語教師も考えたのですが、国際学科で学んだことがいろいろと生かせそうなコミュニティ開発で受験することにして…3回目でようやく合格しました。合格して、もちろんうれしかったのですが、派遣先がベトナムに決まってがっかりしました。

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—それはなぜですか?
遠藤:客室乗務員をしている時は、暇を見つけていろいろな国に旅行に出かけました。アジアを中心に20カ国ぐらい、ほとんど一人で旅行しましたが、ベトナムは唯一、二度と行きたくない国でした。でも、隊員としての活動が「観光局に所属して、ホテルやレストランで接客サービス指導をする」というものだったので、考え直すことにしました。自分がかつて嫌だと感じたことをしっかり伝えていけば、十分貢献できるのではないか、これは運命的なことなんだ、と思ったんです。
—なるほど、逆転の発想ですね。それでどうでしたか?
遠藤:日本のサービスがそのままベトナムで通用しないことに気づかされました。文化的な背景が違うので、なぜそのようなサービスをしないといけないのか、理解してもらうまでに時間がかかりました。お辞儀の角度など、技術的な接客指導はそれほど難しくないのですが、もっと根本的な、「なぜお辞儀をしなくてはいけないのか」とか、「お客様に喜んでいただけるにはどうしたらよいのか」といった点で、意見が食い違うことが多かったです。日本人は私1人だったので、共感してくれる現地の人が見つかるまでは苦労しました。ようやく人間関係が構築され、意見に耳を傾けてくれるスタッフが増え、光が見えかけてきた矢先に、今度は所属先の事情で活動を続けることができなくなり、任期途中で帰国しなければならない危機を迎えてしまったんです。出鼻をくじかれた感じでした。もしそのまま帰国していたら、ベトナムの印象は最悪のままだったでしょうね。
—vol.1の9.11の話や、ベトナムでの転機と、波瀾万丈を絵に描いたような人生ですね。
遠藤:敬愛大学で日本語教師の資格を取っていたことが生きました。実際に教えるのは初めてだったのですが、残りの任期を教育大学(3年制)で日本語を教える仕事をして過ごすことができました。知識も経験もない、未熟な私を教員と認めてくれた学生たちがとてもかわいくて、ベトナムが一気に好きになりました。学生たちが私を教員にしてくれたんです。長年の夢を実現させてくれたベトナムの教え子に、今は感謝しかありません。

続きはVol.3をお楽しみに!