2003年度 卒業 遠藤彩子
2017.07.06

発展途上国で働く夢に向かって Vol.1

2003年度 卒業 遠藤彩子さん

国際学部国際学科 出身

はじめに

遠藤さんは2004年3月に国際学部を卒業し、その後、新幹線客室乗務員として勤務。2014~2016年、休職して青年海外協力隊(ベトナム、コミュニティ開発ほか)に参加。現在は復職されています。インタビュー形式で、3回にわたってお送りします。

Vol.1「学生時代」編

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※2017年度のインタビューです。
—先日…と言っても、もう9ヶ月前のことになりますけど、ベトナムスクーリングでは現地で合流していただいて、どうもありがとうございました。聞くところによると、その時に知り合った在学生と2人でコスタリカへ行ってきたとか…。
遠藤:誤解されるような言い方をしないでくださいよ!!協力隊の同期隊員をコスタリカに訪ねて行った時に、野球を指導している隊員の人と知り合いになって、その話をしたら、彼がぜひ活動を見学したいと言うので、同行しました。前途有為な若者に何かあっては困りますからね。それにスペイン語の魅力にはまってしまい、本格的に勉強したくなって再びコスタリカへ行ったんです。

学生時代「高校の時から将来は発展途上国で日本語を教えたいと思っていました。」

大学案内の顔に、まるまる1ページ

—ではまず、学生時代のことから聞かせてください。敬愛大学に入学したきっかけは?
遠藤:高校生の時に、将来は発展途上国で日本語を教えたいと思っていました。アルバイト先に敬愛大学生の先輩がいて。話を聞くうち興味を持つようになりました。入学したら「日本語教員養成講座」がちょうどできたタイミングで、自分の選択が正しかったことを確信しました。
—なるほど、先輩が決め手になったわけですね。在学中はどんな学生だったのでしょうか?
遠藤:大学祭実行委員や学友会、ボランティアサークルなどで活発に活動していました。留学生の友人も多かったです。チューターもやりましたし、バスハイクにも一緒に参加しました。多方面で活躍している学生として、大学案内でも大きく取り上げていただきました。

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—学業面についてはどうですか?
遠藤:日本語教師になりたかったので、長谷川先生の日本語教員養成講座の授業は、特に熱心に受講しました。長谷川先生には、日本語教師になったら一番最初に報告しますと約束していたのですが、卒業してから10年以上経ってようやく約束を果たせました。他には、オーストラリアへの語学研修が印象に残っています。高校時代にオーストラリアでホームステイした時にやり残したことがいっぱいあったので、「リベンジ」のつもりで行ってきました。全部で20名ぐらいの参加者がいたのですが、将来の夢を共有する「同志」といった感じで、皆とても仲がよかったです。卒業後も何かあれば連絡を取り合っています。
—卒論は英語で書いたと聞きましたが…
遠藤:英語で卒論を書いた先輩がいたという話を聞いて、学生生活の集大成だから自分もぜひやってみたいと思いました。「The Anti-war Song in War ~戦時下での反戦歌」というタイトルで、9.11同時多発テロ直後のアメリカで、反戦歌を歌うことがタブー視されていた問題を取り上げました。実は9.11の事件発生時、ニューヨークではありませんが、研修でちょうどアメリカにいたんです。空港が閉鎖され、戦争まで秒読みと報道され、このまま日本に帰れないのか?と不安な日々を過ごしました。全米がショックを受けたあの事件を生で感じたので、卒論は9.11について書きたいとずっと思っていました。実際にニューヨークを訪れて現場を見て、感じたことを元に書きました。

(聞き手:国際学科 大月)

続きはVol.2をお楽しみに!